多かれ少なかれ、悔いは残るよ

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自らを、死なせ屋、と称する、小規模多機能ホームを運営する友人がいます
家族や地域を巻き込んで、地域で生きてきた人が、近所にあるホームで、家族や友人に囲まれて、死んでゆく場を作り上げています
決して、穏やかない死ばかりではありませんが、医療機関にお任せで亡くなるまで関われない、という状況ではなく、子供や孫を集めて、その方に死に様、臨終の瞬間を、家族の、地域の財産として、見せる、共有する、という努力をしている、すごい経営者です

その方が言うには、介護が始まり、家族の死を迎えるまで、どんなに頑張っても、終わった後には、多かれ少なかれ後悔は残る、とのこと
何をどうやっても、亡くなった家族は戻ってこないので、あぁ、ああすればよかったな、とか、あれはやらなきゃよかったな、という事は、有るものだとの事
個人の感情もある、経済的な理由もある、距離が隔てる事もある、でも、やれるだけの事は、出来るだけの事はした
だから、自分を責めなくていい、との事

御葬儀、埋葬も、同じ事が言えると思います
あぁ、もっと盛大な御葬儀すればよかったな、とか、逆に、あんなに派手な葬儀、本人は望んでなかったんだよな、とか
お墓は生まれた町に戻って建ててあげればよかったな、樹木葬にすればよかったな、海洋散骨で本当によかったんだろうか、、、
どうやっても、どんなに頑張っても、多かれ少なかれ、後悔は残る
だから、自分を責めなくていい

ある意味、人生そのものの様な気もしますが、こう思っていれば、やれるだけの事はやったのだから、と、いう気持になれます
あとは、その、大なり小なりの後悔を、しっかりと抱えて、前を向いて生きていく、という事ではないでしょうか

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